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 アメリカ生まれのジーンズの色 「インディゴブルー」、日本の伝統の色 「ジャパンブルー」。 まったく異なる国で、今でも、この同じ藍色「インディゴブルー」が愛され続けています。もちろん世界中で愛されている色 「インジゴブルー」と言っても良いかもしれません。そこで、この度、ジーンズの歴史、藍染めの歴史をふり返りながら、これらに関する用語を集めてみました。また、併せて、一般的な染織に関する用語も加えています。 ご興味のある方は、是非ご覧下さいませ。なお、今後も引き続き更新する予定ですが、今現在は、次のような内容でまとめています。「ジーンズ・藍染・草木染・染色・加工・糸・織物・衣服・紡織染加工機・色」の「概要、歴史、名称、技法、特徴など」。

錦、にしき

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錦(にしき)は、金糸や銀糸、色糸を多用して織り上げていく紋織物のことを言います。

この文様のあらわし方には、経糸であらわす「経錦(けいきん)」と、緯糸であらわす「緯金(いきん)」とがあります。

また、織物では、糸錦、唐織、大和錦、綴織、金襴、(蝦夷錦)などがあります。

歴史的には、中国の殷、周代(紀元前17、18世紀〜紀元前202年)から始まったとされ、漢代から隋代(紀元前202年〜618年)にかけて、それまで単純な「緯錦」だったものが、「経錦」が中心となり、唐代(618年〜907年)になると、「緯錦」の高級品が織られるようになったと言われています。

日本では、「魏志倭人伝」に「倭錦」、「異文雑錦」の名が登場しています。

これは、法隆寺裂の「太子間道」、「四天王猟文錦」、「蜀江錦」、また正倉院裂の「獅噛文錦」、「赤地鴛鴦唐草文錦」、「縹地大喜花文錦」、「狩猟文錦」にみることができます。

また、「日本書紀」によると、雄略七年(463年)に百済から「錦部定安那錦(綿を織る人)」を招いたとあり、錦織技法の伝来によって当時国産化が行われたこともうかがえます。

その後、和銅五年(712年)に、伊勢、尾張、近江、丹波など21ヶ国でも錦が織られるようになったとされています。

そして時代が流れ、天正年間(1573年〜1592年)に、泉州の堺で、中国の明からの織工が明の錦を伝えると、その後、京都の西陣でも織られるようになり、また、文政年間(1818年〜1830年)には、桐生でも糸錦が織り出されるようになりました。

もちろん、現在は、ジャガードと呼ばれる機械織機で、多種多様な錦が生産されています。

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