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     アメリカ生まれのジーンズの色 「インディゴブルー」、日本の伝統の藍の色 「ジャパンブルー」。 
   まったく異なる国で、今でも、この同じ藍色「インディゴブルー」が愛され続けています。もちろん世界中で愛されている色 「インジゴブルー」
   と言っても良いかもしれません。そこで、この度、ジーンズの歴史、藍染めの歴史をふり返りながら、これらに関する用語を集めてみました。
   また、併せて、一般的な染織に関する用語も加えています。 ご興味のある方は、是非ご覧下さいませ。
   なお、今後も引き続き更新する予定ですが、今現在は、次のような内容でまとめています。
   「ジーンズ・藍染・草木染・染色・加工・糸・織物・衣服・紡織染加工機・色」の「概要、歴史、名称、技法、特徴など」。

帯、おび

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帯(おび)は、衣服の腰の部分を巻いて結び、衣服を身体に固着させるために使うのものですが、その幅や長さにはさまざまあり、また装飾用としての意味合いでも使われます。

その帯の歴史は古く、最も古いものは「紐衣(ちゅうい)」と呼ばれる腰に巻いた紐と言われています。

そして、織物が登場するようになると、「貫頭衣(かんとうい)」などの衣服がつくられ、上衣の上に帯が締められるようになりました。

これは「埴輪(はにわ)」に見られます。奈良時代になると男子の礼服に用いた組帯(くみおび)、女性用として縁取りをした飾り帯の紕帯(はたおび)が見られるようになりました。

平安時代には、黒漆を塗った細長い石帯(せきたい)また束帯の際に佩用する飾り太刀/細太刀などにつける組緒「平緒(ひらお)」、そして室町時代末期には、それまで細い紐にすぎなかったものが、少し幅が広くなり(二寸から二寸五分)、七宝や亀甲などの文様を染めたり、刺繍(ししゅう)を施したものなどが用いられるようになりました。

桃山時代から、江戸初期にかけては、名護屋帯と呼ばれる組紐の帯を幾重にも腰に巻いて結び垂らしていました。

その後、次第に幅が広くなり、寛文年間(1661年〜1673年)では三寸、元禄年間(1688年〜1704年)の頃には五寸に、さらに文化文政年間(1804年〜1830年)には、一尺五分にまで広がりました。

また「結び方」にも時代の流れと共に変化がありました。

江戸初期には、男女とも前後左右、自由に結んでいたものから、次第に後結びが多くなり、未婚の女性は後結び、既婚の女性は前結びという形が定着してきました。

江戸時代後期になると、既婚女性も後結びとなり、前結びは老人や未亡人の帯結びとなりました。

現在のように統一されたのは、明治以降のことです。

さらに「結ぶ形」にも流行があって、「吉弥結(きちやむすび)」、「挟結(はさみむすび)」、「引掛結(ひっかけむすび)」、「御所結」、「文庫結」、「一結(ひとつむすび)」、「おいそ結」など、江戸時代には多様な帯結が生まれました。

そして、江戸時代後期の文化十四年(1817年)に、今最もポピュラーな「お太鼓結(御太鼓結)」が登場しました。

これは、それまでの帯結とは異なり、補助紐を使って帯結の形を作るもので、それ以後の帯結には、帯揚、帯締などの補助具が使われるようになりました。

ちなみに、現在の帯の種類には、丸帯、袋帯、名護屋帯、単帯、半幅帯、踊り帯、子供帯、付け帯、角帯、兵児帯などがあります。

また帯地には、唐織、糸錦、綴織、金襴、銀襴、塩瀬羽二重などが使われています。

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