桐生織

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桐生織

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     アメリカ生まれのジーンズの色 「インディゴブルー」、日本の伝統の藍の色 「ジャパンブルー」。 
   まったく異なる国で、今でも、この同じ藍色「インディゴブルー」が愛され続けています。もちろん世界中で愛されている色 「インジゴブルー」
   と言っても良いかもしれません。そこで、この度、ジーンズの歴史、藍染めの歴史をふり返りながら、これらに関する用語を集めてみました。
   また、併せて、一般的な染織に関する用語も加えています。 ご興味のある方は、是非ご覧下さいませ。
   なお、今後も引き続き更新する予定ですが、今現在は、次のような内容でまとめています。
   「ジーンズ・藍染・草木染・染色・加工・糸・織物・衣服・紡織染加工機・色」の「概要、歴史、名称、技法、特徴など」。

桐生織、きりゅうおり

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桐生織
桐生織(きりゅうおり)は、群馬県桐生市を中心に織り出される織物のことを言います。

主に、御召織(おめしおり)、経錦織(たてにしきおり)、緯錦織(よこにしきおり)、風通織(ふうつうおり)、浮経織(うきたており)、経絣紋織(たてかすりもんおり)、綟り織(もじりおり)などがあります。

歴史的には、奈良時代、桐生市の山村地帯(仁田地方)で養蚕が行われ、絹織物が作られていました。

その後、室町時代に入り、仁田山絹、仁田山紬が広く知られるようになりました。

そして、関が原の合戦にのぞむ徳川家康に献上したことから、江戸幕府の直轄地となり、機業地として発展する基礎が出来上がりました。

元文三年(1738年)、高機と絞織技法が伝わると、縮緬、絽、飛紗綾、紋絽、精好平(せいごうひら)などが織られ、そして、文政年間(1818年〜1829年)ごろには、紋織、金襴、繻子(しゅす、朱子)などが織り出されるようになりました。

当時は、「西の京都、東の桐生」と言われるほど隆盛を誇っていました。

もちろん、現在も、その伝統技法はしっかりと受け継がれています。

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