藍染めの歴史

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     アメリカ生まれのジーンズの色 「インディゴブルー」、日本の伝統の藍の色 「ジャパンブルー」。 
   まったく異なる国で、今でも、この同じ藍色「インディゴブルー」が愛され続けています。もちろん世界中で愛されている色 「インジゴブルー」
   と言っても良いかもしれません。そこで、この度、ジーンズの歴史、藍染めの歴史をふり返りながら、これらに関する用語を集めてみました。
   また、併せて、一般的な染織に関する用語も加えています。 ご興味のある方は、是非ご覧下さいませ。
   なお、今後も引き続き更新する予定ですが、今現在は、次のような内容でまとめています。
   「ジーンズ・藍染・草木染・染色・加工・糸・織物・衣服・紡織染加工機・色」の「概要、歴史、名称、技法、特徴など」。

藍染めの歴史、あいぞめのれきし

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藍染めの歴史
藍染め(あいぞめ)は、すでに古代エジプト時代に行われていました。

日本では、2世紀ごろ、中国から蓼藍(たであい)が移植され、藍染めが行われるようになったとされています。

正始四年(243年)の「魏志倭人伝」にある「絳青(こうせいのかとり)」の「絳(あか)」は、茜染め(あかねぞめ)を指し、「青(あお)」は、藍染めを指していると言われています。

また、「古事記」にみられる大国主命(おおくにぬしのみこと)の歌「鳥(そにどり、かわせみ)の青き御衣(みけし)をまつぶさに取り装ひ」の「青」も、藍染めの色だと言われています。

ところで、藍染めの始まりは、生の葉をそのまま摺りつける方法だったと考えられ、その後、生の葉から採った液汁に浸けて染める方法に移り、そして、広くよく知られている発酵建てが行われるようになったされています。

なお、その発酵建ては、奈良時代のころから行われるようになったと言われていますが、当時はまだ、太陽熱を利用したものであったため、夏季に限定されていました。

「すくも()」がつくられるようになった室町時代ごろから、人工的に加熱/保温されるようになり、四季を通して藍染めが行われるようになりました。

ちなみに、藍染めは、適度な温度が必要なため、藍瓶は土中に埋められます。これは、藍液を保温するための一つの知恵と言えますが、奈良時代は、まだこの知恵がなかったため、藍瓶は土間の上に置かれていました。

室町時代を経て、「紺の時代」と言われる鎌倉時代に入ると、黒に近い濃色が染められるようになりました。

特に、濃い藍色の一つ「褐色(かちいろ)」と呼ばれる色は、武士の間で愛用されました。

これは、堅牢で質実剛健というイメージの色であったことと、この「褐色(かちいろ)」が「勝ち」に通じると思われていたからです。

そして、その後、藍染めは急速な広がりをみせ、江戸時代中期ごろには、阿波(徳島)をはじめ、美濃、摂津、讃岐、伊予、筑後など、各地で藍染めが行われるようになりました。

特に、阿波の藍は全国に流通するようになりました。

また、このころ、麻から木綿が一般庶民にも普及したため、木綿に美しく染まる藍が、ますます人気を呼ぶようになりました。
縞(しま)や絣(かすり)の着物のほか、中形(浴衣など)などにも多用されました。

ところが、明治時代後期から、合成インジゴが使われるようになり、この藍染めも、急速に少なくなりました。

ただ、現在でも、蓼藍/琉球藍などが、主に芸術作品/伝統工芸品などに使われ、藍染めはしっかりと生き続けています。

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  「新形小紋帳」所蔵の「紺屋」  「七拾壱番職人尽歌合」所蔵の「紺掻」               「藍大市」
【三木文庫】より


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